教員から起業家へ。高校生に挑戦の場を提供する 株式会社すみか 月館海斗さん

子どもたちが「安心して挑戦できる環境を作りたい」という強い想いを実現するため、高校教師を辞めて起業した、株式会社すみか 代表取締役 月館海斗さんにインタビューしました。

月館さんは教員時代に感じた、子どもたちと社会との断絶による課題を解消するため、社会と学校を繋ぐ仕組みをつくるオリジナルの教育プログラムを立ち上げ、学校と企業の双方を巻き込むユニークな事業を展開しています。

自分自身の葛藤と生徒たちの悩みを重ね合わせ、起業を決意するに至った経緯。そして試行錯誤の末にたどりついた新しい教育のかたちと新たな挑戦についてお伺いしました。

(取材日:2024年8月/インタビュー:濱内勇一、原くみこ/文:原くみこ)

ロカロウ
学校と社会を繋ぐって何をしているんだろう?!
株式会社すみか 代表取締役 月館 海斗(つきだて かいと)
立命館大学卒業。中高一貫校で社会科教員を務める。民間企業に転職し、小中学生向けのプログラミング講師になる傍ら自分自身もプログラミングを学び、進路相談×社員研修のオンラインサービスを開発する。2022年1月株式会社すみかを設立。現在は、一般社団法人本気のリーダーの朝会理事、北海道教育委員会が取り組む『北の専門高校ONE-TEAMプロジェクト』の産学連携コーディネーターなども務める。

教員から起業家へ──挑戦を後押しする環境作りへの歩み

原:まず、教員から起業家に転身された理由について教えていただけますか?

月館:まず大学では国際関係学を学んでいたんですが、当時は特に明確な目標はなく、なんとなく海外で働けたらいいなと思っていました。しかし、実際にワーキングホリデーや他国への短期留学を経験しても、「海外でこれをやりたい」「このために海外に行きたい」という確信が得られませんでした。

原:なるほど、では教員も最初から目指していたわけではなかったのですね。転機になったのは?

月館:教員免許をとるために行った教育実習で高校生たちと接するうちに、自分と同じように進路や将来について悩む姿が目に留まりました。ただ、同じように悩んでいるとはいえ、自分は大学生活の中で、試行錯誤やそのための一歩を後押ししてくれる大人や先輩に囲まれていて、チャレンジする機会を得ていると感じていました。一方彼らは、高校生だからこその悩みや不安を抱えて、挑戦しにくい環境で生きているんだなと思ったんです。

原:そのギャップに問題意識を感じたんですね。

月館:そうです。そこで彼らの挑戦を支援したいと思うようになりました

濱内:それが、教員になる動機になったんですね。自分自身の悩みが起点となって。

月館: だから僕が教員になったのは、単に教えるというよりも、安心して挑戦できる環境を作ることが目的でした。でも教員として働く中で、学校内だけでは限界があると気づきました。学校の中に閉じた教育では、社会で通用する力を育てるのは難しい。社会と学校を繋げるような仕組みを作りたいと思い始めました。

また、実際に教員をしてみて、自分自身が社会のことを十分に理解していないまま『社会を教える』ということに大きな違和感を覚えるようになりました。それで、教員を辞めて外で学ぶことを決意しました。

原: 教員から外の世界へ、転職活動はどのように進めたんですか。

月館:ビジョンに共感できる民間の教育関連事業を探して、サツドラホールディングスのプログラミングスクールに転職しました。そこで自分も学びながら、生徒たちに新しい学びの環境を提供できると思ったからです。実際、HTMLやPHPなどを使ってサービスを開発する経験を通じて、教育の分野でもっと実践的に挑戦できる環境を作りたいと強く感じました。

原: それが起業のきっかけだったんですね。

月館: はい、最初は「挑戦できる場」をもっと多くの人に提供するためのオンラインのプラットフォームを開発し、それを軸に起業を決めました。

原: ちなみに大学を卒業してすぐに起業する、ということは考えませんでしたか?

月館:正直、最初は全く考えていませんでした。起業に憧れを持つ友人もいましたが、僕自身には何か特別なスキルがあるわけでもなく、当時は向いていないと思っていました。

原: では、教員時代の経験を通じて徐々に起業に向かっていったんですね。

月館: そうですね。教員として経験を積むうちに、やりたいことの解像度が上がっていき、起業への大きな原動力になりました。

教育現場で見つけた課題とその解決策

原:現在の事業内容について教えてください。

月館:学校と教育と社会をミックスする、をテーマにした複数の事業に取り組んでいます。

原:すべての事業に共通するテーマが『学校と教育と社会』ということですね。

月館:はい、教員時代に一番感じた課題は、生徒たちが「挑戦することに対する恐れ」を抱えていることでした。特に、失敗を恐れて新しいことに踏み出せない子が多い。その理由を考えたときに自分が感じたのは、社会との接点が少ないからではないか?です。学校の中だけでは、自分の将来を具体的にイメージするのが難しいからではないかと。

原:確かに、自分のことを振り返っても、学生時代は学校内のできごとや人間関係がすべてという感じで、狭い世界で生きていたなと感じます。そんな学校の枠の中だけで未来を描くのは難しいですよね。

学校と社会を繋ぐ「探究コーディネーター」の役割

原:複数の事業のうち、主な事業を教えてください。

月館:まず、ひとつ目は『探究コーディネーター』の業務です。これは僕自身が学校の中に入って、学校と社会の連携を強める企画を立案し、関係者をコーディネートしたり、実現するためのプロジェクト全体をマネジメントする仕事です。

原:『探究コーディネーター』というのは、あまり聞いたことがない役職ですが、それは月館さんが新たに作り出したものですか?

月館:『探究コーディネーター』の職業自体は元々存在していますが、一般的には教育委員会の中で任命されることが多いようです。僕はそれを民間から自主的にやる形で進めました。これにより、企業の方々にも教育現場にもっと積極的に関わってもらうことができるようになりました。

原:教育の現場と民間の現場、どちらもよくわかっている月館さんだからこその強みを活かされているんですね。具体的にはどのようなことをしていますか?

月館:『探究コーディネーター』の仕事は主に、2022年度から高校で始まった「総合的な探究の時間」のサポートです。学校と企業そして生徒を繋ぐ役割として、企業が抱える課題を生徒たちに提供し、それを解決するプロジェクト型の学習をサポートします。具体的には教育カリキュラムの設計や、実践のための伴走支援を行っています。

原:教育現場の、先生たちの業務支援、ということでしょうか?

月館:そうです。一方で企業を繋ぐという視点では企業側のメリットもなければ、継続的に参加してもらうのは難しいですよね。そこで、企業向けの教育CSR活動のサポート事業も行っており、その両方のサービスを結びつけることで、三方よしになるような取り組みを行っています。

それがもう一つの事業「地域社会・企業と連携した課題解決型キャリア教育(探究学習)プログラム -inori-」というサービスです。

『地域社会・企業と連携した課題解決型キャリア教育プログラム -inori-』とは

原:そちらはどういったプログラムですか。

月館:参加企業から現状の課題に基づいた実践的な「課題テーマ」をいただき、生徒たちはグループで情報収集や課題の分析を行い、解決策を提案します。企業側は、課題に対する新しい視点が得られることはもちろん、高校生との接点を通じた社内外のブランディングが期待できるというメリットがあります。生徒はもちろん、社会のリアルを学ぶことができ、課題解決を通して主体的な学びを身につけることができます。

原:これまで行われた実際の課題テーマにはどんなものがありますか。

月館:例えば、ある測量会社が出した「3Dデータを使って新しいサービスを作りたい」という課題に対して、生徒たちが「移動式の水族館を作ろう」というアイデアを提案しました。

濱内:面白いですね。企業側の反応はどんな感じですか?

月館:企業側も非常に興味を持ってくれています。特に、生徒たちの柔軟な発想に驚かされることが多いですね。彼らが普段考えもしなかったような提案を出してくるので、新たなビジネスのヒントにもなっているようです。

原:生徒にとっても貴重な経験になりますね。

月館:そうですね。実際に社会で使われている技術やビジネスに触れることで、学ぶ意欲も高まりますし、企業からのポジティブなフィードバックを得ることで、自分の可能性に自信を持てるようになるんです。

濱内:それが「安心して挑戦できる環境」を作ることに繋がるんですね。

月館:その通りです。生徒たちが失敗を恐れず、自分の意見を出せるようになる環境を提供することが、最終的には彼らの成長に繋がると考えています。

原:今年(2024年)の『inoriプログラム』は3つの高校で導入されているそうですが、その取り組みをもっと広げていく計画はありますか?

月館:はい、今後はさらに多くの企業や学校と連携して、この仕組みを全国的に広げていきたいと考えています。

高校生も大人も学びになる時間『進路相談フェス』

原:他に行われている特徴的な事業はありますか

月館:高校生向けの『進路相談フェス』というイベントを行っています。

これは社会で活躍する様々な業界の大人たちが学校に来て、具体的な職業の話やキャリア選択のリアルを伝えています。通常の講演会や会社説明会とは違い、生徒たちと1対1や少人数での直接の対話を通じて、リアルなキャリア選択や生き方について話し合います。

濱内:それは一般的な進路相談のイベントとはまったく違いますね!実際に参加した生徒たちの反応はどうですか?

月館:非常にポジティブな反応が多いです。例えば、「大人がこんなに親身になって話を聞いてくれるとは思わなかった」と言う生徒や、「自分も将来こんな風に働きたい」と言う子もいます。特に、進路に悩んでいる生徒が、大人のアドバイスを受けて自分の道を見つけるきっかけになることが多いです。

原:普通に生活をしていると、身近な大人って親や親戚、先生くらいしか接点ないですもんね。大人と仕事の話をできる機会って貴重かもしれません。それで高校生たちの進路選択に、具体的な影響を与えることができるんですね。

月館:はい。参加した生徒たちの多くは、自分の将来をより具体的にイメージできるようになっています。実際に、このフェスをきっかけに進路が明確になった生徒もいます。また、大人と直接話すことで将来の不安が少しずつ解消されて、生徒たちの目がキラッと光る瞬間を見られるのが、この仕事をしていて良かったなと思う瞬間です。

濱内:参加企業側の反応はどうですか?

月館:企業側も非常に好意的です。高校生の素直な質問や意見に触れることで、自分たちのキャリアを見直す機会にもなっていると言ってくれます。特に、若い世代に自分たちの仕事の魅力を伝えることで、自分のやってきたことに自信を強く持てるようになった新しい視点を得られたという声をいただいています。

原:その効果を聞いていると、このフェスの取り組みも、さらに広げていきたいという気持ちになりますね。

月館:そうなんです。現在は限定的な地域での開催ですが、今後はもっと多くの地域や学校でこのフェスを開催していきたいと考えています。

NPO?株式会社?法人の種類をどのように決めた?

原:事業内容としてはNPOも考えられるのかなと思ったのですが、法人形態としてなぜ株式会社を選ばれたのですか?

月館:創業当初はどちらにするか悩みましたが、最終的には株式会社にしました。教育を通じて「挑戦できる環境を作りたい」という気持ちはNPOでも実現できると思っていましたが、同時に自分の挑戦として、教育事業で売上や利益を出すことにも挑戦したかったんです。あと株式会社にすることで、僕自身も怠けずにしっかりと収益を追求できると考えました(笑)

原:非営利ではなく営利企業にすることで、自分を奮い立たせたんですね(笑)

月館:そうですね。あとNPOはどうしても寄付や協賛に頼りがちになるのではと思って、僕はもっとサービスそのものを良くすることで持続的なビジネスにしたいと考えました。売上を上げることが、サービスの質を高める原動力になると思ったんです。

原:「あえての株式会社」であると。

月館:そうです。非営利ではなく、株式会社としてしっかりと利益を出し、その利益を再投資して、さらに良いサービスを提供できるようにしていきたいんです。

原:長期的な視野で見ると、その選択が今後の成長に大きく影響しそうですね。

月館:そう思っています。ただ、今はまだ小さな組織で、リソースが限られているので、選択と集中が必要です。けれど、将来的にはこのモデルをさらに拡大していきたいと思っています。

現在の事業運営と課題、未来の展望

濱内:先ほどリソースの話なども出ましたが、今はどんなチーム体制でやっていますか。

月館:今の運営は、僕と業務委託のスタッフ、それにインターン生を含めた少人数で進めています。特に、プロジェクトごとに企業との調整や準備が必要で、すべてをカバーするのが難しいと感じることが多いです。小さな組織なので選択と集中が必要とはわかっていますが、なかなか難しくて…なので、もっとリソースを増やして、より広範囲で事業を展開していけるようにしたいと思っています。

原:収益面はどうでしょう。

月館:探求プログラムのほうは、学校教育の中での公的予算が少しずつ増えているので、引き続きしっかりと教育現場の期待に応える活動をしていくところだと思っています。

原:現在の事業運営について課題と今後の展望をお聞かせください。

月館:日本ではもうずっと少子化と言われていて、今後の日本では教育市場も縮小していく可能性が高いです。国の方針によって、探求プログラムのような新しい仕事は出てくるかもしれませんが、市場全体としてはやっぱり縮小していくのかなと思っています。そこで注目しているのが企業側の採用市場です。

濱内:学校側ではなく、『社会』の方ですね。

月館:人口減少に伴って若い人材が減少していく中で、企業側にとっては、若年層の採用がますます難しくなるでしょう。採用の難易度が上がる中で、企業は優秀な人材を確保するために、より多くのリソースを採用に投入せざるを得なくなると思います。そこで、採用市場は大きくなる可能性があります。

原: なるほど、そうなると教育と採用を結びつけることができれば、新しい市場が生まれるかもしれませんね。

月館: そうです。教育と採用、さらに人材育成が組み合わさる領域で事業を展開できれば、非常に大きな可能性が広がると思っています。学校での教育だけでなく、企業の人材育成や採用にまで深く関わることができれば、新しいビジネスモデルも生まれるかなと、日々実証実験をしながら進めてるって感じです。

原: 少子高齢化をチャンスと考えると、例えばシニア世代の方々が社会に自分の経験を還元したいというニーズも増えそうですよね。

月館:そうですね。そういった多様な方々が、生涯教育やキャリア再構築の場として私たちのプロジェクトに関わってもらうことで、また新たな可能性が生まれるかもしれません。

原: 生涯教育という新たな市場にも挑戦していきたい、と。

月館: はい、すでに高校生に対しても、自分自身をより深く理解するためのプログラムを組み合わせたサービスなども始めています。生涯を通じて学び続ける環境を提供することで、多様な人々が「安心して挑戦する環境」を作りたいと思っています。

濱内:既存のサービスを軸に、周辺領域にも積極的に展開されていっているんですね。

月館:それでもまだ、僕らが実現したいことの10%くらいしかできていない感覚があるので、これからも教育と社会を繋ぐ取り組みを続けながら、未来に向けた新しいビジョンを描いていきたいです。

これから起業を目指す人たちへのメッセージ

原: 今、起業して本当に良かったと思いますか?

月館: そうですね、良かったです。もちろん、辛いこともたくさんありますし、起業してからのほうが大変さは確実に増えましたが、それ以上に得るものが多いです。正直、何度も先生に戻ろうかと思ったこともありました。でも、それでも起業して良かったなと思う瞬間があるんですよね。

原:起業してから特に辛かったのはなんですか?

月館: 特に最初の頃は、安定した教員の生活と比べて収入も不安定で、「なんでこんなに苦しい思いをしてまで起業しているんだろう」と思うことが何度もありました。でも、少しずつ自分が描いていたビジョンが形になっていく瞬間が訪れるんです。生徒たちが頑張って成長している姿を見ると、本当に良かったと思えるんですよね。それって、ほんの一瞬かもしれないけど、その一瞬のために全てをかける価値があるんです。

濱内: その一瞬があるから、頑張れるんですね。

月館: そうなんです。教員時代も、朝から夜まで働いて、週7日体制!で授業準備や部活動の指導をしていました。正直、ものすごく忙しかったですが、その時も「これが自分のやりたいことだ」という感覚があったので頑張れました。今は、その延長線上で、自分がやりたいことをもっと自由に選んで、価値を提供できるようになってきたのが楽しいですね。

原:自分のやりたいことに情熱を注ぐことができるって、素晴らしいことですよね!

月館: そうですね。特に起業すると、自分がどうしたいのか、何を価値とするのかを自分で決められるのが魅力です。学生の頃、自分は何をやりたいのか悩んでいたのも無駄じゃなくて、今につながってると思います。もちろん、大変さはありますが、それ以上に面白さを感じています。

原: 最後に、これから起業を考えている方に向けて、メッセージをいただけますか?

月館:やりたいことがあるなら「失敗を恐れずに挑戦してほしい」ですね。僕も何度も迷いながらここまで来ましたが、そのたびに学びがありました。ユニクロの柳井さんも「一勝九敗」とおっしゃっているように、何度失敗しても、一回でも成功すれば十分だと思って、諦めずに挑戦し続けてほしいです。

濱内: 失敗を恐れず、挑戦し続けることが成功の鍵ですね!

月館: はい、僕もまだまだ奮闘中なので、めげずに頑張っていきましょう!

まとめ

月館さんの起業の背景には、生徒たちに「安心して挑戦できる環境をつくる」ために、これまでのキャリアを活かしつつも、また違った角度からチャレンジをしたいという強い想いがありました。教員としての経験を基に、教育と社会を繋ぐ新たな挑戦を続けています。

生徒たちの成長を感じる一瞬のためにすべてをかける価値がある、というお話が印象的でした。

教育を軸に、自分がやりたいことを自由に決めて充実した人生を送る人々を増やすため、さらなる挑戦を続ける月館さんの今後の活動にも注目です。

月館さんと教育について話してみたい!と思った方は、こちらのイベントもおすすめです。

『教育BAR』は、札幌市内で月イチ定期開催しているそうなので、最新のイベント情報をぜひチェックしてみてください!

取材協力

株式会社すみか 月館海斗さん
 住所:〒003-0831 北海道札幌市白石区北郷1条7丁目5-15
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