インバウンド市場は、新型コロナウイルスによる制限や国際情勢の変化を経て、今まさに新しい局面を迎えています。
世界各地から海外旅行客の受け入れが再開され、さらにSNSや動画プラットフォームが加速するなか、「どうやって外国人観光客を呼び込み、地域にメリットをもたらすか?」という問いは多くの地域・企業にとって大きな関心事です。
北海道在住の“インバウンドプランナー”として活躍する山田瑞希(やまだ みずき)さんは、まさにこの「地域 × インバウンド」をテーマに、多彩なアプローチで活路を切り拓いてきた方。
大学卒業後にラジオパーソナリティとして活躍し、その後は広告代理店勤務、さらに海外展開を見据えたベンチャー企業での事業立ち上げを経験。コロナ禍では一度ゼロに近くなったインバウンド需要を見つめ直し、大学院での学びを活かしながら、独立という道を選びました。
「外国人観光客が“本当に喜ぶ”体験をどう設計する?」「地域をどう巻き込み、持続可能な観光をつくっていく?」
北海道というフィールドで奮闘を続ける山田さんのストーリーには、これから起業・事業拡大を考える方々へのヒントがたくさん詰まっています。
今回は山田さんのこれまでの軌跡や、仕事のスタイル、未来への展望などをじっくりうかがいました。
(取材日:2024年3月・インタビュー:濱内勇一、原くみこ・文:原くみこ)
1987年札幌生まれ。大学時代のラジオパーソナリティ経験をきっかけに広告・広報に興味を持ち、卒業後は広告代理店でインバウンド事業に従事。2016年に株式会社Gear8へ入社し東南アジア向けウェブマーケティングを推進。MBA取得後、2024年に独立。2024年度北大観光学大学院プログラム8期生として学び、翌年デスティネーション・マネージャー称号を獲得。現在はフリーのインバウンドプランナーとして、北海道の魅力を国内外に発信中。
ラジオパーソナリティから始まったキャリア
原(インタビュアー):まずは山田さんのキャリアのスタートからうかがいたいと思います。20歳の頃にすでにラジオパーソナリティを務めていらっしゃったとか。どのような経緯でマイクの前に立たれたんでしょうか?
山田:もともと大学が夜間部で、昼間はアルバイトやいろんな活動をしていました。あるとき同級生がラジオ局のパーソナリティ・オーディションのCMを聞いて、「よくしゃべる山田にピッタリ」と勝手に応募してくれたんですよ(笑)。当時は髪色が明るかったり、ギャルっぽい見た目だったりで「私がラジオ?」と自分でも意外でしたが、面接を受けたらトントン拍子に進んでしまったんです。
原:大学生のときからパーソナリティとしてレギュラー番組をお持ちになったんですね。すごく華やかなイメージですが、実際やってみていかがでしたか?
山田:はじめての仕事がいきなり生放送のレギュラー番組でしたから、楽しい反面、やることが多くて大変でした。芸人さんへのインタビューがあったり、曲紹介やスポンサー紹介もあって、打ち合わせやCMの読み上げも全部やらなきゃいけない。何しろアナウンススクールに通った経験もなかったので、一語一句間違えないように必死に台本を覚えたり、滑舌を矯正したり、手探りでマイクに向かっていました。
海外へのあこがれと「インバウンド」との出会い
原: ラジオパーソナリティのキャリアは順調だったように思えますが、なぜ一度辞めることにしたのでしょうか。
山田:もともと「いつかは海外でも働いてみたい」という気持ちがあったのですが、レギュラー番組を持っている以上、長期間海外に行くことは難しく、このままでは海外に行くタイミングがどんどん減っていくんじゃないかと感じたんです。それで一旦区切りをつけて、レギュラー番組を卒業してフリーになりました。
原:ではそのあとは海外でお仕事を?
山田:それが、行ってみてわかったんですよ。私はプログラミングスキルも専門スキルもなかったので、海外でイチから就職するのは正直難しいなと。
でも東南アジアに行ったとき、「北海道出身」というだけで現地の人がすごく喜んでくれたことがあって。「北海道出身」というアドバンテージは大きいかもしれないと気づきました。また、「北海道ブランドってこんなに海外ウケするんだ」と実感したんですね。そこで「もしかして、これ日本に戻って“外国人を北海道に呼ぶ”側に回ったほうが稼げるし、貢献もできるんじゃないか」とピンときました。
それで帰国してから「インバウンド」「海外の旅行客と地元を結ぶ仕事」を調べていたら、インバウンド事業部をもつ広告代理店を見つけてご縁をいただきました。
原: ちょうどインバウンドが注目され始めた頃でしょうか?
山田:まだ「インバウンドって何?」と聞かれる時代ではあったんですが、ちょうど韓国、台湾、中国からの観光客が増加しはじめていて、北海道はとくに外国人観光客にとって人気のエリアになり始めていた頃です。
原:その追い風にのって順調にキャリアを積み重ねていったのですね。
山田:実は順調ではなくて、会社の先輩たちの国籍が韓国や台湾だったので「韓国人が好むPRはこうだ」とか「台湾人にはこれがウケる」と社内外への説得力が抜群の方ばかり。入社してしばらく、私は埋もれちゃっている感じでした。
じゃあ差別化はどうする?って思ったときに「タイ」の直行便就航がタイミングよくあって。まだ誰もやっていなかったので、「私がタイのこと勉強します!」と手を挙げたのがスタートです。
転職とコロナ禍――“市場変化”に合わせて動く
原:その広告代理店でのインバウンド事業の経験を踏まえ、さらに次のステップとなるベンチャー企業に転職されたのですね。そこではどんなことを?
山田:タイと日本の観光をつなぐ海外向けのWebメディアがあって、それをどうやって拡大・マネタイズするかを考えるポジションに就きました。最初はタイに拠点をつくるための市場調査を手伝ったり、現地パートナー探しに動いたり。海外出張も増えて「毎月どこかに行っている」みたいな時期が続きましたね。
原: その後、新型コロナウイルスが襲来。観光客は激減し、インバウンドに携わる多くの企業が苦境に立たされました。山田さんの場合、どのような影響があったのでしょうか?
山田:私が所属していたチームが手がけるプロジェクトも、海外からのお客さんがいないので売上がゼロに近い状態になってしまいました。もちろん観光地のホテルや自治体などへの提案もできません。企業としても大きな戦略転換を迫られ、在籍していた外国人スタッフが次々退職するなどの変化が起きて。私自身も「このままインバウンドが強みと名乗っていていいのか?」と不安になりましたよね。
原:その中での選択が「大学院で学ぶ」だったと。
山田:はい。物理的に移動できないなら、頭の中で“留学”するしかないと思ったんです(笑)。実際には小樽商科大学のビジネススクール(以下、OBS)で経営やマーケティングを体系的に学ぶことにしたんですが、これが結果的にすごく良かった。インバウンドは「広告やSNSでお客さんを呼べばいい」という単純な話ではありません。経営戦略や地域の課題とセットで考えなきゃ、本当に意味のある施策にならないんだと、あらためて気づきました。
独立、フリーランスという働き方
原:大学院に通いつつ働き方も変えたわけですよね。なぜ「完全に会社を辞めてフリーになる」決断を?
山田:きっかけはいくつか重なりましたが、「平日の昼間に自由に動ける時間が必要」というのは大きかったです。家族の体調をサポートしたり、勉強との両立をしたり――となると、会社員の枠組みだと相談して理解してもらうこと自体がストレスに感じ始めて。私の場合は上司も社長も「それなら独立もアリだよ」と応援してくれて、会社とも業務提携的に続ける道を探せたので、本当に恵まれていましたね。
原:独立してみてどうでしたか?
山田:会社員が悪いわけじゃないんですが、自分には合わなかったんだなとしみじみ思います。とくにインバウンドという仕事柄、「この国からお客さんを呼ぶ」となると時差や現地パートナーのスケジュールに合わせなきゃいけない。昼夜逆転することもあるので、時間的自由は結構重要なんですよね。独立したら、好きなタイミングで休めるし、好きなタイミングでフル稼働できる。私はそっちの方が自分を活かせる働き方だと感じます。
観光地域マーケティングとの出会い
原:さらにその後は「北大の観光学プログラム」にも通ったとうかがいました。行動力が半端ないですね。
山田:ちょうどOBSを卒業するタイミングで、北海道大学の観光学にも興味が湧いて。「まちづくり」と「観光マーケティング」をもっと深く学びたいと思ったんです。観光は地域住民もステークホルダーになるので、企業マーケティング以上に複雑なんですよ。たとえばホテルAが儲かってもBは儲からないかもしれない。外国人観光客が押し寄せて住民が迷惑してしまえば、それはオーバーツーリズムになります。
そういう利害調整を含めた“全体設計”を勉強してみたかったんです。
原:一企業の広告戦略から一歩踏み出して、地域全体のマーケティングに目を向け始めたわけですね。実際に学んでみていかがでしたか?
山田:「地方創生」という言葉はよく聞きますが、実は誰が主導して何をもって成功とするのかが曖昧なことが多いんです。観光客にとって良いサービスが必ずしも地元にとって良いとは限らない。そこをうまく設計するには、地域住民、行政、事業者、旅行会社、交通機関など多様な立場の人が協力しないといけない。
私なりに大きな気づきだったのは「観光マーケティングって“利益を追う”だけじゃない」という点。数字だけを見るのではなく、環境保全や住民の暮らし、コミュニティの継続などいろんな軸をセットで捉えることが重要なんです。
現在の取り組み――インバウンドプランナーとして
原:今はフリーランスとして「インバウンドプランナー」を名乗り、企業や自治体と一緒にプロジェクトを進めているとか。具体的にはどんな仕事を?
山田:大きく分けて2種類です。
1つ目は海外向けPRやインフルエンサーマーケティングのコーディネート。たとえば北海道を訪れたいタイ人インフルエンサーを呼んで、現地の観光スポットを取材してもらい、動画やSNSで発信してもらう。そんなプロモーション設計をプランニングして、実際に動かす立場です。
2つ目は自治体や観光事業者向けのマーケティング支援。単に「広告を出せば観光客が増える」という発想ではなく、そもそも外国人観光客を受け入れる準備はできているか、住民との軋轢はないか、サステナブルな地域経済につながるか――そういうところまで考えた観光戦略づくりの相談に乗っています。
原:広告代理店とコンサルタントのハイブリッドのようですね。業務範囲がとても広そうです。
山田:そうですね。「やれることは全部やってみる」の精神で走っています。そのために、現地パートナーと組むことも増えています。たとえばタイの旅行会社、東京のメディア、北海道の自治体……いろんな人の意見を集約して「じゃあ実際にどう打ち手を決める?」って考えるイメージです。その段階で大事なのが経営知識やマーケティングフレームワークなので、大学院で勉強できたのは大きかったです。
ロードバイクNPOで地域を走り、学ぶ
原:余談ですが山田さん、ロードバイクのNPO法人も立ち上げに関わっているそうですね。観光とはどう結びつくんでしょうか?
山田:「花サイクルクラブ」というNPOで、北海道を自転車で回るイベントや研修をやっているんです。ロードバイクで地域を巡ると、風の匂いの違いや坂道の角度、路面状況、トンネルの暗さなど、車移動では気づきにくいことを体感できます。それが地域観光やマーケティングにも活きるんですよ。
「この道はインバウンドのお客さんが安全に走れるか」「ここに道の駅があったほうがいいのでは?」など、身をもって理解できるんです。体力勝負な部分もありますが(笑)、これも私にとって大事な“現地調査”みたいな感覚ですね。
これからのビジョン―「観光地域マーケティング」を広める
原:今後の目標や、実現したいことがあれば教えてください。
山田:大きな軸としては、「観光地域マーケティング」をもっと広めたいです。普通のビジネスマーケティング以上に視野が広く、解決すべき課題が多い。関わるステークホルダーも多いですが、その分、完成度の高い仕組みができると地域に大きなインパクトを与えられます。
たとえば自治体や観光協会に向けて、人材育成のプログラムを提供したり、地域の方々に向けたワークショップを企画したり。多くの人に「観光客が来る=成功」とは限らないという視点を知ってもらい、持続可能で魅力的な地域づくりを一緒に考える場を増やしていきたいですね。
原:観光といえば旅行会社や観光業界の話と捉えがちですが、実は地域住民や地元企業など、非常に多くの人や組織が関わりますよね。そう考えると「観光」というテーマは、私たち一般の読者にとっても決して遠い話ではないように思います。
山田:そうなんです。観光は突き詰めると「人を動かすデザイン」です。人と人、人と自然、人と地域をつなげるためのシステム設計とも言えます。これはどんな業界にも応用がきく考え方なんですよね。
さらに、DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む時代だからこそ、むしろ「リアルな体験」や「現地でしか味わえない価値」が見直されています。オンラインで情報を得るのは簡単になりましたが、その先で「何を体験するか?」がより重要になってきていると思います。
だからこそ、観光地域マーケティングという視点で地域を魅力的に演出することは、これからの社会で必要とされるスキルだと感じています。旅行や観光に限らず、たとえば地元のお祭りやイベント、地域資源を活かした新規事業など、あらゆる場面で「人をどう惹きつけ、どう満足させるか」を考えるうえで大いに役立つはずです。
これから起業を目指す人へのメッセージ
原:最後に、このインタビューを読んでいる「起業や新規事業に関心がある人」に向けてアドバイスをお願いします。
山田:私自身、20代前半でラジオ局との契約を辞め、フリーターみたいな状態からスタートしました。それでもタイミングや行動力次第で、意外と扉って開くものなんだなって実感してます。
よく言ってる例えがあって「チャンスは“回転ずし”みたいなもの」って思っていて(笑)
流れてきたネタを取るのも取らないのも自分次第。つい「どうしよう」と躊躇しているうちに、隣の人に取られちゃうことだってあります。チャンスを活かすには、常に準備をしておくことと、「面白そう!」と思ったらすぐ手を伸ばす胆力が必要なんじゃないかなって。
何より大事なのは、「自分が本当にワクワクするテーマを選ぶ」ことだと思います。私の場合は海外や観光に興味があったからこそ大変でも続けられましたし、続けることで蓄積される知識やネットワークが増えてきました。
「今の会社にはちょっとフィットしてないかも?」とか「このままじゃ海外に行けないかも?」と思うなら、その違和感を無視しないほうがいい。私のように徐々に働き方を変えていくパターンもあれば、一気に独立するパターンもある。いろんな道があるので、ぜひ自分の理想のライフスタイルを想像して、行動を始めてみてほしいですね。
まとめ
インバウンドプランナーとして国内外を飛び回りながら、ラジオパーソナリティや大学院進学など多彩な挑戦を続ける山田さん。そのキャリアは一見“寄り道”や“遠回り”が多いようにも感じます。しかし、本人はそれを楽しみ、結果的には「唯一無二」の強みをつくり上げています。
「チャンスは取りに行かなければ流れてしまう」――山田さんの言葉からは、自らの興味を軸に常に行動し続けてきた力強さが伝わってきました。
地域活性化や観光マーケティングにおいては、オペレーションやステークホルダーの調整など、企業マーケティングより複雑な側面があります。しかし、その難易度の高さこそがイノベーションの余地であり、地域を変えるダイナミックな可能性でもあるという視点は、多くのビジネスパーソンにとっても気づきがあったのではないでしょうか。